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田中 正造

1841 — 1913 · 環境と暮らし

村の名主から新聞、県会、国会へ。

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この人生について

村の名主から新聞、県会、国会へ。足尾銅山の鉱毒被害を訴え、議員を辞めた後も、住民と暮らしながら川を調べ続けた人です。

年表

  1. 0歳
    1841年

    小中村の家に生まれる

  2. 15〜16歳
    1857年

    村の仕事を引き受ける

  3. 37〜38歳
    1879年

    新聞で意見を伝える

  4. 38〜39歳
    1880年

    県会の議員になる

  5. 44〜45歳
    1886年

    県会議長を務める

  6. 48〜49歳
    1890年

    初めての総選挙で国会へ

  7. 49〜50歳
    1891年

    川の被害を国会で問う

  8. 54〜55歳
    1896年

    洪水が被害を広げる

  9. 59〜60歳
    1901年

    議員を辞め、直接訴える

  10. 62〜63歳
    1904年

    谷中村で住民と暮らす

  11. 年齢不明
    晩年の河川調査

    川の流れを調べ続ける

  12. 71〜72歳
    1913年9月4日

    調査の道の途中で倒れる

もとになった資料