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円山 応挙

1733 — 1795 · 絵画と観察

丹波の農家から京都へ。

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この人生について

丹波の農家から京都へ。身近な動物や植物をよく見て描き、大きな屏風や襖にも取り組みました。弟子たちと残した絵が、寺の部屋を彩っています。

年表

  1. 0歳
    1733年

    丹波の農家に生まれる

  2. 年齢不明
    十代の頃

    京都で働き、絵に触れる

  3. 15〜16歳ごろ
    1749年頃

    狩野派の絵を学ぶ

  4. 25〜26歳ごろ
    1759年頃

    奥行きのある絵を描く

  5. 31〜32歳ごろ
    1765年頃

    寺とのつながりができる

  6. 32〜33歳ごろ
    1766年頃

    応挙の名で描く

  7. 41〜42歳
    1775年

    京都の画家として名が残る

  8. 53〜54歳
    1787年

    大乗寺の襖絵を頼まれる

  9. 53〜54歳
    1787年

    金刀比羅宮にも絵を描く

  10. 54〜55歳
    1788年

    大火で、制作中の絵を失う

  11. 55〜61歳
    1789〜1794年

    寺の空間を、絵で整える

  12. 61〜62歳
    1795年

    人々の暮らす場所に絵を残す

もとになった資料